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事例で見る人間力

第5回 オリンピックの勝利は人間力の勝利「浅田真央とキム・ヨナ(4)」最終回

浅田真央の中丹田は、上部が正確に形成されずにガス抜けするような状態になっていた

それから中丹田を見ていきましょう。まずはキム・ヨナ選手のDS図から見て下さい。彼女の中丹田は圧倒的です。その大きさ、密度の濃さ、そして、いささかも中丹田のエネルギーを漏らすことがない、見事にしっかりとした構造をしていました。たとえば、ショートプログラムの『ジェームズ・ボンド』の演技で、彼女が気に入っているというピストルを打つシーンがありますよね。あのようなシーンが、あれほど緊張極まる、威圧的ですらある環境の中で、非常に見事に愛くるしく、あたかも映画のスターでもあるがのごとく本人が楽しく演じられていて、しかもそのことすべてが一糸乱れぬ、針の穴ほどの隙もなく、そしてフリースケーティングまでをも含めたパフォーマンス全体と見事に調和することができたのはなぜなのでしょうか。じつはあのようなことを遂行するには、正確無化にコントロールされた厖大な中丹田のエネルギーが必要なのです。猛烈という表現を越えるほどの情熱ややる気、闘志というものがなければ、あそこまでのパフォーマンスは決して生まれ得ないのです。

一方、浅田真央選手は、かなりの中丹田のエネルギーが流れてきてはいるのですが、それが高密度に凝縮していなかったのです。薄い状態に留まっていたのです。もちろんこれは、あくまでキム・ヨナ選手と比べての話です。それが、ガクッとくじけるような競技途中のミスに繋がってしまったのです。フッと精神力がガス抜けしてしまうような状態と指摘した識者もいましたけれど、まさに適切な見立てと言えます。

浅田真央選手のDS図を見ると、このことを示すように中丹田の上部が正確に形成されないまま、首から顎に向かってガス抜けするような状態になっていました。ですから、その中丹田のエネルギーが、顔や頭部に入り込んでいたのです。演技中に見せた浅田選手の"鬼"のような形相は、中丹田から漏れ出た熱性のエネルギーのなせる業だったのです。そしてさらに困ったことに、それは頭にある上丹田を脅かすような働きさえしていました。

たとえば失敗をしかかったとき、あるいは、この水準の選手になると失敗を事前に感知できるのですが、そのような失敗をするかもしれないという予感がしたときに、上丹田が綺麗に働けば、絶妙な調整や戦術、技術的な判断が瞬時になされ、何事もないように綺麗にパフォーマンスを貫行したり、リカバリーしてしまうことがあるのです。しかし、上丹田の働きを狂わせてしまうと、それができなくなってしまうのです。それが典型的に浅田の2つのミスに現れていました。これも中丹田が漏れ出ていたということと、上丹田が少し弱かったということに由来するものでもあるのです。

キム・ヨナの下丹田は、稀に見る素晴しいものだった

最後に下丹田を見ていきましょう。キム・ヨナ選手は稀に見る素晴しい下丹田をしていました。非常に重く、柔らかい。これだけの重量感と柔らかさを持った下丹田を見るのは、じつに久しぶりです。トリノ五輪金メダリストの荒川静香選手の下丹田も見事だったのですが、間違いなくそれをはるかに上回るほど見事な下丹田です。荒川選手の下丹田の方が少し小さくて、固くまとまっていたのですが、荒川選手の下丹田もそれがあることによって、安定していながらなおかつ動的に、自由に運動するという、あのような素晴しい演技を支える役割を果たしていたのです。

しかし、キム・ヨナ選手の下丹田は、荒川選手のものよりもっと大きく、重く、柔らかい。だから、皆さんはこう感じられたはずです。なぜ、この人は気合いが入って、強く安定しているというのではなくて、ものすごく柔らかくて、信じられないくらい安定しているのだろう、と。この信じられないくらい奥行きのある安定感というのは、彼女の重く、深く、柔らかい下丹田から来ているのです。それはまさに重く、深く、柔らかい安定感なのです。

一方、浅田真央選手の下丹田は、キム・ヨナ選手のものに比べると、固く、小さく、形もうまく形成されていませんでした。下丹田がはっきりいって弱い状態なのです。では、その弱い下丹田でどう闘ったかというと、仙骨を中心にした腰の方から非常に強く、重く、固い身体意識でもって、下丹田を押さえ込んでいたのです。弱い下丹田は上に上がりやすいのですが、上に上がったが最期、試合途中でパフォーマンスが総崩れになりますから、そうさせないために徹底的に後ろの仙骨から、下丹田を必死に押さえ込んでいたのです。

人間力の根本の大前提である「ゆるみ」、そして根本のベースofベース4大装置において、二人の間には大きな差があった

このことを見通していると思われる識者は、おそらく一人もいないのではないかと思っていたのですが、一人だけそれに近いことを明らかに指摘していると思われる記事に出会いました。2月27日(土)産経新聞朝刊の田中ウルヴェ京氏(ソウル五輪シンクロ銅メダリスト、メンタルトレーナー、日大医学部講師)の記事です。この方は、私のように身体意識の構造にまで入り込んで見ているわけではないかも知れませんが、しかし、ハッキリとこの人の立場なりに洞察することができていると、読み取れます。実に、見事です。

彼女は次のように述べています。浅田真央については「浅田真央がリンクに出ていく顔を見て『あ、泣くな』と思った。シンクロの選手がプールサイドを歩く前に見せる表情と同じで、不安や緊張というより極度の恐怖感。本気で取り組んできた人間じゃないと、あそこまでにはならない。ジャンプの失敗もあったが、必死におなかの底に力を入れ込んで乗り切っていた」と。いま私が身体意識の働き、その構造と機能について語ったことは、ここのところのことだったのです。

一方、キム・ヨナについては「対照的に金妍児はオーサー・コーチが声を掛けたがっていたのに、ほとんど顔を見ず出ていった。SPよりは緊張していたと思うが、違う域に達していた。自分の競技人生を揺さぶる経験がないと到達できない『達観』の境地で、あそこまでいくと怖いものはない。国を挙げた期待への対処でたどり着いたのだろうか。とても興味深い」と述べています。「違う域」や「達観の境地」として、キム・ヨナの内側で起っていたことを受け止めていたのです。私が目を通した記事で、このような捉え方をしていたのは、この方だけでしたね。

総じて次のようなことがいえると思います。人間力の根本の大前提であるところの「ゆるみ切ること」において、この二人には大きな差があった。そしてさらに、その人間力の根本を構成しているベースofベースの身体意識4大装置、トップ・センター、上丹田、中丹田、下丹田のいずれにおいても、キム・ヨナ選手と浅田真央選手の間には、大きな差があったということ。

そのように考えてみると、一部のメディアで採点がキム・ヨナ選手に良すぎたのではないかという批判が挙がったということでしたが、それは当たっていない、十分にあの差は正当だったと、見ることができます。付け加えると170点から190点までの20点と、205点から225点の20点は、同じ20点であっても何倍、もしかすると何十倍も難しく内容のあることだったのかも知れないのです。このことが二人の身体意識の構造にとてもよく現れていると、見ることができるのではないでしょうか。

このことについて大事な話を付け加えておくと、浅田真央選手が素晴しかったのは、その採点、評価の正当性を彼女自身が正しく認めているという点です。浅田自身のコメントでも「良かったのは、ジャンプでトリプルアクセルを2回飛べたことだけ、他は一つもいい所がなかった」という内容のことを述べていました。これは彼女が自分のパフォーマンスを冷静ではなかったかも知れませんが、少なくとも客観的に見ることができていたという、確固たる証拠です。「価値ある銀メダル」ではなく、まさに「価値ある自己を対象化する力」です。

さて最後に、今後の展望を少しだけ話させていただきます。4年後のソチオリンピックでは、今回のキム・ヨナ以上のレベルで闘いが遂行されると考えるのが、順当な考え方です。つまりは闘いの主戦場は、単なる技術でも体力(筋力・持久力)でも構成力でもなく、それらすべてを内側から支える根本力である”人間力”になる、ということです。

100年に一人の稀有な才能が、4年後に大輪の花を咲かせることができるや否やは、一に彼女が人間力という”根”を自身の内にしっかりとうがつことできるや否やにかかっている、ということを指摘しておきたいと思います。

<了>

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